『人間の歴史』 ミハイル・イリン、E. セガール著 | 対内言語と、対外言語と!

『人間の歴史』 ミハイル・イリン、E. セガール著

        人間の歴史―中越典子  

著者: M. イリーン, E. セガール, 袋 一平
              山本七平 訳:岩崎書店
 タイトル: 人間の歴史〈1〉
 人間の祖先は力の弱い生きものだったが、手を働かせて道具を使うことを発見し、協力して働くことを覚えて以来、今日のような「巨人」に発展してきた。人間のいく千万年のたたかいを描いた壮大な物語。この巻は、原始社会から奴隷制の発生まで。
著者: M. イリーン, E. セガール, 袋 一平
タイトル: 人間の歴史〈2〉
 力の弱い生きものだった人間が、どのようにして今日のような大地を支配する「巨人」に発展してきたのかを描く壮大な物語。この巻では、古代エジプト、ギリシア・ローマを中心に、どれい制の発生から崩壊に至るまでの歴史をダイナミックに語る。
著者: M. イリーン, E. セガール, 袋 一平
タイトル: 人間の歴史〈3〉
 力の弱い生きものだった人間が、どのようにして自然とたたかい、世界を変えながら、今日のような「巨人」に発展してきたのか―「3」では、封建制度の台頭から、新大陸の発見と争い、さらにルネサンスへと、試行錯誤を重ねながら人間が科学的知識・思考を身につけてゆく過程を描く。

 著者はマルクス主義者の啓蒙歴史家である。
 この本は「労働は神聖」であると説いている。それが「人間の秩序の基礎」だと言っている。この本は日本でロング・ベストセラーになった。この本の何が良かったのだろう。それは『労働は神聖』であるとする言葉が良かったのである。これを「いいなあ」と思える心理の背後には、徳川時代からの隠れた伝統の呪縛があった。日本人はそれによってこの書物に共感を感じ、買ったのだ。
 徳川時代に、すでに石田梅岩によって日本人は。人は「労働により食を得る」という形であり人間にはそれ以外のことはできず、草を食うことも血を吸うこともできない。従って人間の形は、「馬が草を食って生きるような形に生まれていて、蚤は血を吸って生きている形に生まれて」とする、「人間の形もまたその心を規定している」とする「形ハ直ニ心ナリト知ルベシ」という思想を持ち、それを社会的鍛錬で育てつつ明治を迎えた。
 梅岩の言う「心」を現代文で言えば、「本能+思考=行動原理=心」といった意味である。その形が、その生物の「心」を規定していて、それから外れることはない。馬に血を吸えと言っても、蚤に草を食えと言っても無理であるように、それぞれが「形」に従って息、そのように生きることがその動物社会の秩序を形成している。人間もこれと同じであると梅岩は考えたわけである。そしてそれが町人思想として現代日本人の原型となったのである。
 確かに、「働いて食を得れない」人間は犯罪者であろう。人間社会は貨幣社会である。その貨幣によって「食=生活」を成立させる。そうあって初めて人の物は人の物、我が物は我が物とする区別も生まれる。金銭を得られない者が、その「自己の生活を成立させる」ために「行き倒れ」になるか「無銭飲食を行なうか」、盗人・泥棒・殺人・詐欺等によってしか「食(生活)を成り立たせる」他あるまい。
 今ニートなる存在が問題となっている。何が問題か?労働力問題、つまり経済的損益問題としてニートを捉えている。となれば、その解決法は「強制労働」と似た発想しか生まれない。誰のための「労働なのか」という最も大切な視点が抜け落ちている議論が横行しているようである。
 ここで大切なのは、梅岩は、「しかし、人間の秩序は動物のそれのように”働く”だけで形成されるものではない」ともしている。「もしそうなら動物のように”働く”だけ、つまり社会主義的強制労働」のみでも、他は「労働者国民は何も考えなくても」秩序ができなければならない。これが日本の政治家の発想で、「労働力」も視点のみで考えれば「動物社会学的」に解決できるとしているのである。
 しかし梅岩はそうではないと言っている。「孟子曰、『形色天性也。唯聖人、然後可以践形』。形を践むとは、五輪の道を明らかに行な云。形を践で行ふこと不能、小人なり。畜類鳥類は私心なし。反て形を践。皆自然の理なり。聖人は是を知り玉ふ」
 動物は私心がないから、形通りに生きて行くことができる。これが自然の理である。ところが小人は形通りに生きて行くことができない。聖人はこれを知ってる人だと言う。確かにその通りだろう。「働けば人間」であるとし、この場合、働いてえる賃金の多寡は関係なく、その人間が「働かざる者人であらず」とし、その人間の代物を奪い取るとなれば、本末転倒、もはやその人を人間と呼ぶ人はいないだろうし、その社会を人間社会とする人もいないだろう。

 

 Михаил Ильин (Mikhail Ilin) 1894~1953。
 ソビエトのマルクス主義者の啓蒙歴史家。
 本名イリヤ・ヤーコヴレウィッチ・マルシャーク(Илья Яковлевич Маршак)。
『森は生きてゐる』のサムイル・マルシャークは兄。
 ペテルブルグ大學理數學科に入學、クラスノダール工業大學化學科を經てレニングラード工藝大學卒。ネフスキー・ステアリン工場實驗室主任を務めるが健康を害して著述業に轉じ、『燈火の歴史』(原題「机の上の太陽」1927)、『書物の歴史』(原題「白地に黒」1928)などを著す。1930年の『偉大な計畫の話』(邦譯、イーリン著・ソヴェートの友の會編・安田德太郎譯『五ヶ年計畫の話 新ロシア入門』鐡塔書院、1931.10)がゴーリキーやロマン・ロランの激賞を受け、廣く國外にも名を知られた。多くの兒童向け科學物語を書き、代表作に夫人セガールの協力で書きあげた『人間の歴史』(原題「人間はいかにして巨人となったか」1940)がある。